テーマは環境問題、2024年応募総数3448。
最終選考委員メンバー (10人)(敬称略)
- 安部 龍太郎(小説家)
- 荻原 浩(小説家)
- 川井 郁子(ヴァイオリニスト・作曲家)
- 湊 芳之(株式会社 エーエスシー)
- 田中 章義(日本の歌人・作家)
- 幅 武志(潮出版社)
- 岩崎 幸一郎(潮出版社)
- 福島広司(幻冬舎)
- 木田 明理(幻冬舎)
- 森 敏彦(一般社団法人水のもり文化プロジェクト)
受賞作品
安部龍太郎賞
氏名 | 作品名 | 所属 |
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平島 愛梨 | 因果応報 | 八女市立黒木中学校2年 (八女実行委員会) |
荻原浩賞
氏名 | 作品名 | 所属 |
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有田 茜 | 奪われたもの | 八女学院中学校2年 (八女実行委員会) |
川井郁子賞
氏名 | 作品名 | 所属 |
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小林 律仁 | 「当たり前」の未来を目指して | 大森第六中学校2年 (おおた実行委員会) |
田中章義賞
氏名 | 作品名 | 所属 |
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中川 陽葵 | ねっこのパワー! いのちをつなぐしょくぶつたち | 立山町立山中央小学校1年 (富山実行委員会) |
彩雲賞
氏名 | 作品名 | 所属 |
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川上 礼 | ぼくのすむまち、びせい | 井原市立美星小学校1年 (高梁川実行委員会) |
潮出版社賞
氏名 | 作品名 | 所属 |
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渡邉 奏介 | もう二度と会えない君へ | 倉敷市立菅生小学校4年 (高梁川実行委員会) |
幻冬舎賞
氏名 | 作品名 | 所属 |
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丸山 泰生 | 地球温暖化による蚊と私の戦い | 大森第六中学校3年 (おおた実行委員会) |
Activeさんご賞
氏名 | 作品名 | 所属 |
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中村 多恵 | ゴミ拾いから気づいた事 | 倉敷市立葦高小学校5年 (高梁川実行委員会) |
選考委員会特別賞
氏名 | 作品名 | 所属 |
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外山 禮兜 | 山のおくりもの | 都城市立明和小学校4年 (都城実行委員会) |
選考委員会特別賞
氏名 | 作品名 | 所属 |
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森谷 陶人 | 「強い命、弱い命」 | 静岡サレジオ小学校5年 (静岡実行委員会) |
奨励賞
氏名 | 作品名 | 所属 |
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廣江 初菜 | あふれるゴミからあふれる植物へ | 馬込小学校6年 (おおた実行委員会) |
隂山 泰平 | カブトムシの森 | 世田谷区立尾山台小学校1年 (おおた実行委員会) |
平岡 治子 | 山の中で感じたこと | 雪谷中学校2年 (おおた実行委員会) |
川瀨 元 | 二酸化炭素と交通 | 大森第六中学校2年 (おおた実行委員会) |
島田 結愛 | 地球さんのおそうしき | 富士宮市立富士宮第一中学校3年 (静岡実行委員会) |
岡崎 右京 | 人間がぜつめつきぐしゅにならないように | 静岡サレジオ小学校4年 (静岡実行委員会) |
新井 夢菜 | 水と虫にもありがとう | 菊川市立堀之内小学校1年 (静岡実行委員会) |
坂本 唯愛 | 守るべきもの | 御前崎中学校3年 (静岡実行委員会) |
山下 瑚夏 | 持つべきもの | 富士市立吉原第三中学校3年 (静岡実行委員会) |
磯辺 悠花 | きっかけ | 南砺市井波中学校2年 (富山実行委員会) |
平田 蒼葉 | なにができる | 倉敷市立倉敷南小学校5年 (高梁川実行委員会) |
藤村 明梨 | 母の小言 | 岡山理科大学附属中学校2年 (高梁川実行委員会) |
藤間 美和 | 私達がトップにいる理由 | 井原市立井原中学校3年 (高梁川実行委員会) |
井上 笑凜子 | かぞくりょこう | 倉敷市立水島小学校1年 (高梁川実行委員会) |
城後 陽咲 | ねぇねぇ聞いて | 八女市立福島小学校3年 (八女実行委員会) |
フラ 恵莉咲 | 小さなことから未来は変わる | 吉富町外一市中学校組合立吉富中学校2年 (八女実行委員会) |
末吉 栄達 | サワガニと僕 | みやま市立瀬高中学校2年 (八女実行委員会) |
盛武 怜生 | 環境保護と環境ビジネス | 鵬翔中学校3年 (都城実行委員会) |
石山 明依 | 海奈ちゃんの大冒険 | 鵬翔中学校1年 (都城実行委員会) |
鬼塚 奏音 | もったいないを考えよう | 鵬翔中学校2年 (都城実行委員会) |
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安部龍太郎賞
「因果応報」
八女市立黒木中学校2年 平島 愛梨 |
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 画:猿渡 結 |
僕は、薄暗い森の中にいた。あてもなく歩いていると小屋のような建物が見えた。近づいてみると食事処と書かれた看板があった。どうやら飲食店のようだ。ひどくお腹が空いていた僕は迷わず中へと入っていった。扉を開けると目の前に巨大な水槽があり、その中にはたくさんの魚達が優雅に泳いでいた。
「いらっしゃいませ。」
水槽の裏から女性が姿を現してこう説明した。
「ここは地球の海をコンセプトにしたお店でございます。本日のおすすめは〝人間からの贈り物、新鮮な魚の生き造り〟でございます。」
僕はすぐ何か食べたかったので女性がおすすめした料理を注文して、カウンターに座った。
「では、現在の海を再現するために調味料を水槽の中に入れていきます。まずは油、洗剤、工場排水、農薬をコップ一杯。次にプ
ラスチック、ゴミ袋を少々。」
彼女はためらいもなくどんどん入れていった。すると中にいる魚達はピクピクッとけいれんしはじめ動かなくなっていった。次第に水の色がにごりだし、中の様子が見えなくなってしまった。僕はあ然とした。
「どうしてこんなことを…。」
彼女は無言で水槽の中から動かなくなった魚を取り出し手際よく捌いて盛り付け、僕の前に差し出した。その刺身はとてもおいしそうで思わずヨダレを垂らしてしまった。しかしさっきの光景を思い出すととても食べる気にはなれなかった。
「どうしてこんなことを…。」
「人間は有害物質を海に流し汚しています。食物連鎖で結局はその有害物質は人間も摂取していることになるのです。それを日本のことわざで因果応報というみたいですね。まあ海に限らず地上でも同じことが起こっていますが。いずれは自分がその毒を食らい、病に冒されるでしょう。」
僕はショックを受け涙が出てきた。
「一つ方法があります。この瓶には解毒してくれるバクテリアが入っています。しかしこの水槽を元に戻すには一週間かかるので待ってもらわないといけません。待ちますか?」
魚がこうなってしまった原因は自分達にある。この魚を食べることで現実を受け止め、海を救おうと誓おう。海を救うことは自分達が安心して暮らせる世の中になることに繋がるはずだ。
「僕は…食べる!そして他の魚を救ってくれ。」
涙を拭い、刺身を一切れ口に入れようとした途端、急に周りが明るくなって思わず目を閉じた。
再び目を開けるとそこは自分の部屋だった。僕は何が起こったのか状況が分からぬまましばらくぼう然としていた。昨日の夜、水質汚染について調べていたらいつの間にか眠ってしまったようだ。夢の内容を思い出し、考え込んだ。そして意を決して立ち上がり、僕はカーテンを勢いよく開けた。 |

安部 龍太郎
一読して驚いた。こんなに質の高い作品は、今までになかったと思う。しかも最終候補作の一作目に読んだものだから、今年は豊年満作であろうと勇み立った。十人の選考委員全員が五点満点をつけたのも、初めてのことだった。
しかし私は安部賞にすることをためらった。誰もが認める作品なのだから、推す人は他にもいると遠慮したのである。ところが皆さんは奥ゆかしく譲り合い、それでは委員長にということになった。
平島さん、素晴らしい。おめでとう。
挿絵 = 中園 唯
福岡県みやま市在住
福岡県美術協会デザイン部会員
久留米連合文化会デザイン部会員
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荻原浩賞
「奪われたもの」
八女学院中学校2年 有田 茜 |
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 画:中園 唯 |
遠目に見ていました。森の奥深く、静かだった場所には木を切る音が響いていました。とても嫌な音だったけど、それを止めに行くことはできません。お母さんに、行ってはいけないと言われていたからです。木を切っている人間さんたちのところへ行ったら、銃で撃ち抜かれてしまうそうです。
だから、その音が聞こえたら私たちは遠くに走ります。それが居場所を奪われる音なのに、何もできないまま走ります。それは生きていくうちに当たり前のことになりました。
だけど、時々考えてしまいます。人間さんは私たちのすみかを奪っていくばかりで、私たちには何も返してはくれません。ただ奪われていくだけです。
だから、それはちょっとずるいんじゃないかって思う時があります。損をするのは私たちばかりです。人間さんたちは私たちから奪うだけ奪っていく。
だけど、私たちは受け入れるしかありません。
だある時、あまりにもすみかがなくなってしまって、同じ熊と縄張り争いをすることになりました。頑張ったけど、私たちは負けてしまいました。だから、私たちのすみかはついに完全になくなってしまって、私たちは森を出て行かなきゃいけなくなりました。
だけれど、森以外に私たちの居場所はありません。森でずっと生きてきたのに、他の場所では餌のとり方も安心して寝る方法も分かりません。私たちはどうすればいいのか分かりませんでした。迷った私たちは、行くあてもなく森を離れて行きました。
だしばらく経って、私たちは家がいっぱい建っている場所を見つけました。よく目をこらすと、人間さんたちの姿が見えます。
だ私は習慣的に逃げようとしたけど、お母さんは私を止めました。もう私たちに逃げる場所はないし、お母さんも私も体力が限界でした。それに、私たちから攻撃しなければ、もしかしたら人間さんも何もしないかもしれない。お母さんは行こうと言いました。
だ私はそれに従って、人間さんたちのもとへ歩きました。もしかしたら、なんて淡い期待をもっていました。
だ人間さんに近づこうとした時、ぱあん、と乾いた銃声が響きました。次の瞬間、前を歩いていたお母さんが地面に倒れました。
だ何が起こったのか理解した時、私は頭に血が上りました。人間は何もしていないお母さんを撃ちました。私たちのすみかを奪うだけに飽き足らず、お母さんの命まで奪っていきました。私は撃った人間に襲いかかろうとしましたが、届くこともなく銃が私を打ち抜きました。
だずるい。人間はずるい。私から全てを奪っていく。もし生まれ変わるなら人間にだけはなりませんように。 |

荻原 浩
私は小説家なので、個人賞である「荻原賞」は、物語風の作品に注目したい。勝手にそう考えて選考に望みました。
有田茜さんの「奪われたもの」は、原稿用紙1枚目で「私」って誰?という謎で読み手をひっぱり、2枚目で巧みに正体を明かしたかと思うと、3枚目で悲しいラストが待っている。原稿用紙たった3枚の中で、これだけのドラマを創造し、しかもしっかりと問題提起をしている。脱帽です。
挿絵 = 中園 唯
1986年生まれ 福岡県久留米市在住
久留米連合文化会会員、筑後市美術協会会員
ITOBAテキスタイル&フォイホーアートgrasp所属
染め、織りや刺繍等、染色技法をベースにした作品を制作
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川井郁子賞
「「当たり前」の未来を目指して」
大森第六中学校2年 小林 律仁 |
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 画:宮内 泉 |
私はこの夏、瀬戸内海に旅行に行った。瀬戸内海は世界で有数の美しい海域だそうだ。海の透明度は高く、あちこちに小さな島が浮かび、空は青く、私の心も浮き立つかのようだった。しかし、港沿いの海にはペットボトルやお菓子のゴミが浮かんでいた。私はせっかく綺麗な海なのになと残念に思った。その一方で、こんなものかなと当然のように思っている自分がいた。そんなとき、私のすぐ近くで写真を撮っていた外国人の男性が、そのゴミに気付いた。すると、その外国人は靴と靴下を脱いで下に向かっていった。水深は少なくとも三メートルはあり、下に降りるには石垣のような壁を伝う必要があった。周囲がヒヤヒヤしながら見守る中、彼はその壁を掴み、少しずつ海面に近づいていった。そしてゴミに手を伸ばしたが届かず、足を伸ばしてゴミを近づけてゴミを拾った。彼は近くに浮かんでいたゴミを片手で抱えられるだけ拾うと、また少しずつ上ってきた。近くで見守っていたおじさんが、その外国人に「あぶないよ。」と声をかけた。すると彼は「すみません。But,we have to protect this beautiful sea.(でも、この綺麗な海を守らないと)」と語った。私は驚いた。彼も私も旅行者で、彼にとってはおそらく自分の国ですらないのに、他人の落としたゴミを危険を犯してまで拾いに行くのかと衝撃を受けた。私は今までゴミが漂っていることを仕方ないと受けとっていた自分が恥ずかしくなった。目の前の海が汚れていても、どこか他人事だった。だからといって彼のように危険を犯すことが正しい方法とは限らないが、少なくともその風景を「当たり前」と捉えたり、「仕方ない」と諦めてはいけないのだと気付いた。この綺麗な海を守るのは私たちだ。私たちひとりひとりだ。何を「当たり前」にするかによって、行動は変わってくるのだと気付かされた。私は日本の綺麗な海や山や川をずっとずっとこれから先も「当たり前」にしていきたい。そのために自分にできることは、少しずつでも行動していきたい。その後、私は砂浜に落ちていた誰かの花火やお菓子の小さなゴミを、いくつか拾い、自分の持っていたビニール袋に入れた。今までの私だったら目には入っていても、見えていなかったかもしれない。嫌だなと思ってそれで終わりだったかもしれない。だけど、諦めるのはもう終わりにした。本当に小さな一歩だけれど、未来の「当たり前」を作っていくのは今の私たちだと信じて、これからもひとつひとつ行動していきたい。 |

川井 郁子
瀬戸内海は故郷ということもあり、読んでいて状況が目に浮かぶようでした。他人のゴミは無視するのが「当たり前」という私たちが、海は皆で守るという「当たり前」の気持ちで行動する人の姿に衝撃と気づきを得た、というエピソードには説得力と感動がありました。文章の運びも自然で、とても引き込まれました。
挿絵 = 宮内 泉
一九五八年 京都府生まれ
幼い頃から絵を描くのが好き。
東京にて就職。 早期退職後、
大田区の とちの実作業所 に通所。
趣味は、音楽鑑賞。
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田中章義賞
ねっこのパワー! いのちをつなぐしょくぶつたち
立山町立立山中央小学校1年 中川 陽葵 |
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 画:飯沢 侍頼 |
わたしのいえには、たくさんのはながうえてあります。おかあさんは、まいにち、もっとたくさんのはなをさかせたり、はなにえいようがいきわたるようにしたりするために、ながくのびすぎてしまったはなのくきや、はっぱをきっています。わたしは、それをみておもいだしました。まえに、おばあちゃんから、はなたばをもらったとき、まいにちみずをかえて、たいせつにかざっていたら、あるひ、はなたばのなかにあったしょくぶつから、ねっこがたくさんはえてきたのです。そのあと、たいせつにつちにうえると、いまでもとてもげんきにそだっています。きったしょくぶつから、ねっこがはえて、おおきくそだつことをしって、とてもびっくりしました。そのことをおもいだして、ながくのびすぎてしまったはなのくきをきったときに、すてずに、みずがはいったびんにいれてたいせつにそだてたら、ねっこがはえてくるかもしれないとかんがえました。
わたしはことしのなつ、いえにある、にじっしゅるいくらいのきったはなやしょくぶつをそだててみました。みずをいれたびんのなかにいれておくと、じゅっしゅるいいじょうのしょくぶつの、きったくきのところや、くきのとちゅうから、ねっこがはえてきました。
ちいさなあかちゃんねっこが、ぐんぐんのびて、ふとくて、ながいねっこになりました。はえてきたねっこには、ながいねっこやほそいひげがたくさんあるねっこがありました。おもしろいのは、ゆきのけっしょうみたいなねっこがあったことです。ねっこには、いろいろなはえかたがあることがわかりました。
のびすぎてきったり、とちゅうでおれてしまったりしても、たいせつにそだてると、またおおきくせいちょうすることが、とてもふしぎでおもしろかったです。はなやしょくぶつのパワーは、すごいなとおもいました。
わたしのまわりにある、はなやしょくぶつは、こうやって、いのちをつないでいることがわかりました。どんなにちいさなしょくぶつにもいのちがあって、びっくりするほどのパワーでいきていることがわかりました。これからも、はなやしょくぶつをたいせつにしようとおもいました。そして、みんながそんなきもちになって、はなやしょくぶつがたくさんふえたらいいなとおもいました。 |

田中 章義
地球にもし宝ものがあるとしたら、それはこの「中川陽葵さん」のような人だと思います。陽葵さんのこころと探求心、植物への思いやりの気持ちは宝ものです。
「とちゅうでおれてしまってもたいせつにそだてるとまたおおきくせいちょうする」「どんなにちいさなしょくぶつにもいのちがあって、びっくりするほどのパワーでいきている」――植物も人間もよく似ているのかもしれません。すばらしい発見をしてくれてどうもありがとう。陽葵さんに心から拍手を贈ります。
挿絵 = 飯沢 侍頼
富山県立富山北部高等学校 3年
受賞歴:2023年第48回・2024年 第49回富山県青少年美術展 デザインの部 入選
第64回富山県デザイン展 入選
元々好きだった絵の知識や技術を向上させるためデザインを学ぶ。
今後はデザインで学んだ知識や考え方を活かす事のできる教員を目指す。
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彩雲賞
ぼくのすむまち、びせい
井原市立美星小学校1年 川上 礼 |
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 画:RyuRyu |
ぼくのすむまちは、うつくしいほしのまちとかいて、びせいといいます。しょうわのじだいに、みやまがわとほしだがわのふたつのかわのなまえからできたらしいです。
ふたつのかわのなまえとは、うつくしいやまとかいて、みやまがわ、ほしにたんぼのたとかいて、ほしだがわだそうです。ぼくはまだかんじのことはわからないけれど、きれいにかいてみたいです。
びせいちょうのことをしらべてみました。じんこうは、やく3ぜん5ひゃくにんくらいだそうです。おかやまけんのみなみのほうにあるいばらしの、きたにある、やまのうえのちいさなまち。のうぎょうとらくのうをちゅうしんにさかえてきました。だい2じせかいたいせんというおおきなせんそうのあとからほかのやまのまちやしまのように、どんどんひとがへってきているようです。
おとうさんがしょうがっこうにいっているときは、5ひゃくにんもこどもがいたそうです。たしかに、うんどうじょうやがっこうがひろいです。ぼくのクラスは9にん。なんでこんなにこどもがへったのかな。きんじょにもおともだちがいません。なんだかさびしいなあ。
おとうさんにびせいちょうは、いろいろなことをしているとききました。まず、30ね
んほどまえに、にほんでさいしょのひかりがいぼうしじょうれいというきまりができたそうです。ネオンなどのひかりで、かんきょうやいきものにわるいえいきょうがあるのをへらすことときれいなほしぞらをまもるためだそうです。
そして、そのきまりをやくだてて、3ねんまえに、ほしぞらほごくのダークスカイ・コミュニティにアジアではじめて、びせいちょうがみとめられました。このダークスカイ・コミュニティは、ただほしぞらがきれいなだけではないそうです。なんねんもかけて、ちいきのひとたちがきょうりょくしてしぜんのよるのくらさをまもってきたばしょでないと、みとめてもらえません。ぼくはびせいにすんでいることが、とてもうれしくなりました。
よるほしをみると、ほしがたくさんみえます。このまえも、おとうさんと、ほしぞらをみました。いろいろなほしがあって、きらきらしていて、ながれぼしもみえて、とてもきれいでした。
こんなきれいなほしぞらをむかしから、みあげていたんだな、このほしぞらをまもるために、びせいのひとが、がんばってくれていたんだなとおもいました。24じかんのコンビニはないけど、ほしぞらをまもるためにがまんします。
ぼくは、まだうまれて6ねんぐらいだからびせいのことをしりません。でも、これからもずっとしらべていきたいです。 |

株式会社エーエスシー 湊 芳之
「びせい」に行ってみたい。そう思いました。何年もかけて自然を守ってきた人々の努力を大切にし、未来に繋げていこうとする、6歳の作者の気持ちが伝わって来る作品でした。読んでいてとても暖かい気持ちになれました、ありがとうございました。「彩雲」とは雲が虹色に彩られることです。空を見上げているこの作品にぴったりだと思い選ばせていただきました。9人の同級生と一緒に、これからも星空を大切にしていってくださいね。
挿絵 = RyuRyu
2004年 岡山県倉敷市生まれ
2022年 社会福祉法人 旭川荘 カレッジ旭川荘入学 現在 同学3年生
作品作りは、常に頭の中のひらめきを頼りに進めています。
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