「子どもや孫たちの幸せのために」
地球さんご賞の活動について、各地の実行委員会の皆様には日ごろから大変お世話になっております。お蔭さまで今年度から佐賀県みやき町、大分県日田市、沖縄県宮古島
市に参加していただきました。全国9カ所での活動となり、合計4,801 人の子どもたちが応募してくれました。
これも皆さんのご尽力の賜物と、厚く御礼申し上げます。
地球さんご賞は子どもたちが持っている、見る、考える、行動する力で、人類が直面している5つの環境問題(大気汚染、海洋汚染、水質汚染、森林破壊、地球温暖化)に立ち向かえるようになることをめざしています。さんごの名はこのことを示す〈3×5〉と、海の環境指標である珊瑚を組み合わせたものです。
世界はもの凄い早さでIT化やAI化に移行しています。子どもたちもそれに対応するための教育を受けていると思いますが、これだけでは充分ではありません。物事に対する判断力や実行力をやしなうためには、自分の考えを整理して文章にする経験がきわめて重要です。
そこで子どもたちに身近な水を中心として、環境問題についての作文や詩などを書いてもらい、地域に住む大人たちが誉めようというのが地球さんご賞の趣旨です。褒められた経験は子どもたちにとって誇らしい思い出となり、次のやる気につながるでしょうし、環境問題についての認識を深めるきっかけになると確信しています。
各地から寄せられた全国表彰の候補作を拝見すると、子どもたちは充分に期待に応え
てくれているという手応えを感じます。文章がしっかりしているし、環境問題へのアプローチの仕方も千差万別で、中には小・中学生とは思えない詳細な観察をした作品や、自分で実験のやり方を工夫して実態を解明した作品もありました。
そして何より嬉しいのは、この活動が地域社会の大人と子ども、あるいは大人同士が触れ合う場になりつつあることです。特に福岡県八女市では前身のざぶん賞以来19 年目の活動となり、初期に参加した子どもたちの中にはお父さんお母さんになった方も数多くいます。
皆さん、我々の力は小さなものですが、子どもや孫たちの幸せとお互いの人生の充実のために、共に歩み続けようではありませんか。
〜地球さんご賞最終選考委員長 安部 龍太郎〜
安部龍太郎賞
| 氏名 | 作品名 | 所属 |
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| 與那覇 晏理 | カバマダラとの夏 | 宮古島市立久松小学校4年 (南の島実行委員会) |
荻原浩賞
| 氏名 | 作品名 | 所属 |
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| 田中 航平 | 二酸化炭素が減るところを目で見たい~きりたんぽ鍋絶滅の危機!?~ | 矢口小学校6年 (おおた実行委員会) |
川井郁子賞
| 氏名 | 作品名 | 所属 |
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| 江崎 玲伯 | 海と命を守る-水槽飼育体験から学んだこと | 立教池袋中学校2年 (南の島実行委員会) |
田中章義賞
| 氏名 | 作品名 | 所属 |
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| 相良 郁 | 海のオバケ | 鵬翔中学校2年 (都城実行委員会) |
彩雲賞
| 氏名 | 作品名 | 所属 |
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| 大野 譲士 | 黒湯を守りたい | 雪谷中学校2年 (おおた実行委員会) |
潮出版社賞
| 氏名 | 作品名 | 所属 |
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| 冨安 煌紫 | 山の声がきこえる | みやま市立瀬高中学校2年 (八女実行委員会) |
幻冬舎賞
| 氏名 | 作品名 | 所属 |
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| 若狹 草 | 八女茶のみなもと | 愛媛大学教育学部附属小学校2年 (八女実行委員会) |
Activeさんご賞
| 氏名 | 作品名 | 所属 |
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| 中川華 | すてるはずだった野菜がふっ活!もう一度、育てようさい生野菜のちょう戦! | 立山町立立山中央小学校4年 (富山実行委員会) |
| 尾﨑 史都 | 美しい自然を取り戻した真備について | 倉敷市立琴浦中学校3年 (高梁川実行委員会) |
選考委員会特別賞
| 氏名 | 作品名 | 所属 |
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| 國武 梅千代 | ドイツで学んだ生き物への思いやり | 八女市立矢部清流学園5年 (八女実行委員会) |
| 西ケ谷 あかり | 土が教えてくれたこと | 常葉中学校3年 (静岡実行委員会) |
| 内山 凜 | なくなりゆく、四季について。 | 北茂安中学校3年 (みやき実行委員会) |
奨励賞
| 氏名 | 作品名 | 所属 |
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| 小野 正貴 | 伝統と環境を両立させる花火 | 三隈中学校3年 (日田実行委員会) |
| 芳賀 正宗 | 海へ届く、一束の想い | 輝翔館中等教育学校3年 (八女実行委員会) |
| 横山 葵 | 地球からのすてきなプレゼント | 大川市立川口小学校4年 (八女実行委員会) |
| 古賀 諒大 | ぼくにできること | 柳川市立矢留小学校4年 (八女実行委員会) |
| 萩尾 梨緒那 | だきしめて | 広川町立広川中学校1年 (八女実行委員会) |
| 中島 天翔 | 森を感じる | 八女市立福島小学校6年 (八女実行委員会) |
| 近見 優愛乃 | ほ、ほ、ほーたる来い | 八女市立筑南小学校4年 (八女実行委員会) |
| 川口 颯稀 | 砂塵 | 八女学院中学校3年 (八女実行委員会) |
| 奥望帆子 | 水路に移る四季、富山城に響く音 | 富山大学附属中学校1年 (富山実行委員会) |
| 磯辺悠花 | 溶ける氷が伝えること | 南砺市立井波中学校3年 (富山実行委員会) |
| 関口 晴仁 | 微生物は世界を救う(かもしれない) | 大森第六中学校2年 (おおた実行委員会) |
| 中山 楓花 | 道端のビニール袋 | 石川台中学校3年 (おおた実行委員会) |
| 平田 蒼葉 | 来なくなった君たちへ | 倉敷市立倉敷南小学校6年 (高梁川実行委員会) |
| 緒方 芽生 | 野菜くずが宝物に変わった日 | 鵬翔中学校2年 (都城実行委員会) |
| 新森 美紅 | こたえさがし | 鵬翔中学校3年 (都城実行委員会) |
| 新田 和也 | 環境を守るということ | 鵬翔中学校2年 (都城実行委員会) |
| 東 文孝 | ぼくはおこっている | 宮古島市立久松小学校4年 (南の島実行委員会) |
| 櫻田 優衣 | きれいな道 | 加藤学園暁秀中学校2年 (静岡実行委員会) |
安部龍太郎賞
「カバマダラとの夏」 宮古島市立久松小学校4年 與那覇 晏理(南の島実行委員会) |
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| 私は、去年の夏、理科の授業で昆虫の勉強をしました。校庭で、たまに見かける、カバマダラというチョウが気になった私は、小さな幼虫を家に持ちかえりました。見た目も、少し気味悪く。クネクネ動くカバマダラの幼虫を見た母は、びっくりしていました。でもなんとか観察することを許してくれて、とうめいなケースの中で観察がスタートしました。 小さな幼虫だったので、最初、葉っぱを一枚だけ入れました。すると、幼虫は、あっという間に、トウワタの葉を食べてしまいました。
死んだら困ると思い、家の庭にある、色々な葉っぱをケースに入れてみました。しかし、授業で習ったように、カバマダラの幼虫は、他の葉は食べてくれませんでした。「トウワタってどこに生えてるの?」と母に聞くと、「どこにあるのかな?」と言って、とりあえず、家の周辺を探してみることにしました。しかし、トウワタは見つかりません。私と母は、園芸ショップに行き、トウワタが売っていないか聞いてみることにしました。すると、店員さんは、「たまに入荷するけど、今はないね。昔は、宮古でもどこにでもけっこう生えていたけどね。」と話してくれました。私は、なぜ少なくなってしまったのか、不思議に思いました。車の中で、昔の宮古だったら、お店に探しに行かなくても、自然の中に生えていたのかな、トウワタがなかったら、幼虫はどうなるのと不安になりました。自然がたくさんあって、海もきれいだと言われている宮古も、自然が減ってきていると知り、残念に思いました。とりあえず、幼虫を死なせないために、私は、学校で見つけた場所に、葉っぱを取りに行くことにしました。幼虫を見つけた場所から、トウワタの葉を数枚ちぎり、あげると、また驚くスピードで、食べてしまいます。食べて、たくさんフンをして、私は、ケースをきれいにするという日々が続きました。葉っぱ探しも、一つでは大変だったので、妹にも手伝ってもらい、交代でやりました。
そんなある日、幼虫は、なんとサナギになりました。サナギになると、私と妹の葉っぱとりの役目も、しばらく休みです。黄緑色だったサナギの色は、少しずつ黒とオレンジがすけて見える色に、変わっていき、ある朝、ケースの中で、ゆっくりと羽を広げてかわかしている姿を見ることができました。 私は、一つの命を大切にして、う化させた、うれしさと、チョウの美しさを何度も何度も見て、喜びました。最後は、羽がかわいたのを確認すると、チョウを自然に戻してあげました。元気に飛び回り、卵を産んで、たくさんの人を楽しませてほしいです。そのためには、私たちが、チョウが安心して飛び回れる自然を大切にしていくことも必要だと思います。私も、カバマダラの観察を通じて、少しだけ自然について考えることができました。自分になにができるか、一生けん命考えることができました。 |
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荻原浩賞
二酸化炭素が減るところを目で見たい~きりたんぽ鍋絶滅の危機!?~ 矢口小学校6年 田中 航平(おおた実行委員会) |
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僕は、きりたんぽ鍋が大好きです。でも、今地球温暖化が進んでいる中で、冬があったかくなって、きりたんぽ鍋がおいしく食べられなくなってしまうと思っています。そこで、地球温暖化を食い止めて、おいしくきりたんぽ鍋を食べ続けられるような地球にするにはどうしたらいいかを研究しました。
学校での自主学習で、地球温暖化の仕組みについて勉強しました。そしたら、二酸化炭素が地球温暖化を悪化させていることが分かりました。そのあと、理科の学習で、植物は二酸化炭素を吸って、酸素を空気中に出していることを知りました。でも僕は、それが本当なのか目で見てみたくなりました。そこで、夏休みの自由研究のテーマにすることにしました。インターネットで調べたら、コロナの時に二酸化炭素を測って、濃度が高いときに換気をうながすために使っていた機械を発見しました。それは、二酸化炭素濃度計です。これを使って夏休みの二十一日間実験を行いました。その方法は、①朝七時五十分に1L
の水をヒマワリにやる。②八時にポリ袋の中に、ヒマワリと二酸化炭素濃度計を入れて密閉し、二酸化炭素濃度、温度、湿度、天気を観察する。③正午に二酸化炭素濃度計の二酸化炭素濃度、温度、湿度を観察しました。結果は、朝八時の二酸化炭素の値よりも、正午のほうが二酸化炭素濃度の数値が減っていました。また、最初の二酸化炭素が多ければ、二酸化炭素は平均よりたくさん減っていました。ここで終わりかと思いきや、密閉した袋の中に謎の水滴がついていました。これを本で調べると、蒸散と言い、蒸散は、ヒートアイランド現象を抑える効果が期待できることが分かりました。
この実験で、地球温暖化を食い止めるには植物をたくさん植えたほうがいいと思いました。みんなは、二酸化炭素が減るところを目で見えていないから、植物が二酸化炭素を減らしているところを見れば、植物を植えて育てることの大切さを知ってくれると思います。
目標は、一家庭に一鉢植えて育てれば、もしかしたら夏もきりたんぽ鍋のことを思い出せるかもしれないです。今年の夏は、暑すぎて頭の中には、そうめんしかなかったです。寒い冬早く来てほしいなあ。 |
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川井郁子賞
海と命を守る-水槽飼育体験から学んだこと 立教池袋中学校2年 江崎 玲伯(南の島実行委員会) |
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| 宮古島の海へは、3年前に参加した珊瑚の人口産卵の勉強会をきっかけにして訪れました。 美しい自然の海と珊瑚礁で暮らす多様な海洋生物の姿は、命のつながりや自然の力強さを物語っていて、今でも鮮明に僕の心に残っています。そこで学んだ、珊瑚の白化現象や海洋汚染といった環境問題は、僕が日常で取り組んでいる水生生物の飼育における「福祉性の大切さ」と深く結び付いているのだと感じました。 水生生物の飼育は、3歳頃にシジミやアサリを小さな容器で育ててみたことから始まりました。そこから興味が広がり、8年前には川の魚の飼育に挑戦し、さらに5年前からは海の魚の飼育へと発展していきました。水のにおい、流れ、光の差し込み方など、環境のわずかな違いで生き物の様子が変わることに気付き、驚きと学びが観察する度にあります。僕が考える「飼育における福祉性」とは、生き物の命を大切にし、その命に責任を持つことです。ここでは、生き物が暮らしていた自然環境を可能な限り再現し、自然の中と同じように元気に生きられる環境を整えることが欠かせません。 その考えから、どんな生き物を飼うときでも、必ず実際の生息地に足を運び、自分の手で捕獲し、観察します。水温や水質の状況、共生する植物や生き物の種類、単独で生きるのか群れで暮らすのかなど、目や耳、手や足五感すべてで環境を感じ取ります。例えば、階層の揺れ方ひとつが、生き物にとっての居場所を決めているのだと分かる瞬間があります。そうした体験を基に水槽の環境を整えていくと、自然の中で保たれている生態系のバランスがいかに繊細で、人間の手で完全に再現することが難しいかを痛感させられます。特に海の水槽は、生態系が複雑なために再現が困難で、一度環境を失ってからでは遅いのだと強く感じました。 世界では今、生息環境の破壊、乱獲、気候変動などの影響で、多くの種が絶滅の危機にさらされています。このままでは、珊瑚礁はもちろん、気付かないうちに多くの生き物が姿を消してしまうでしょう。未来の資源を守るためには、自然保護の重要性や生物多様性の維持を強く意識し、人間社会を含めた生息系全体を見直すことが求められています。私たちが何気なく行う消費や生活習慣が、遠く離れた自然環境に影響を及ぼしていることを忘れてはいけません。 僕は、海や水質で暮らす生き物も、私たち人間と同じ「生き物」であることを忘れたくありません。これからも、生き物がどんな環境で生きているのか、その背景を調べ、課題があれば仕組みを変える働きかけをしていきたいと思います。美しい海が未来に残るように、一人ひとりが自然を肌で感じ、現在の環境がもはや「自然」ではなくなりつつあることに気付くことが大切です。そして、資源の無駄遣いや誤った廃棄方法を無くし、自分の行動を意識することが、生息系に対して人類ができる第一歩だと考えています。 |
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田中章義賞
海のオバケ 鵬翔中学校2年 相良 郁(都城実行委員会) |
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| 中学生の頃のことだ。私は海がきれいな街に住んでいた。ある日、友達の優依が、「夜の海辺にオバケが出る話」をしてくれた。私はその話を知らなかったので、「本当に海のオバケがいるの?」と聞いたら、優依は、「きっとオバケはいるんだよ。夜にだけ出てきて、白色やいろんな色をしているらしい」と答えた。オシャレ好きのオバケなんて面白いねと笑いながら、「じゃあ、次の休みの夏祭りの日に探しに行こうよ」と言った。二人で約束して、その日を楽しみにしていた。 家に帰ると、母に夏祭りの話をした。すると母は、「せっかくだから浴衣を着せてあげたいわ」と言って、部屋に行った。私はオバケの話はしなかったけど、ちょっとドキドキしていた。すると、「おかえり、舞」とおじいちゃんが優しく声をかけてくれた。そして、お気に入りのロッキングチェアに座った。私はおじいちゃんに、「夜の海にオバケが出る話、知ってる?」と聞いてみた。おじいちゃんは、「知らないなぁ」と笑いながら答えた。そして、「もしかしたら夜の海で遊んでいるのかもしれないね」と言った。私は、「夏祭りの日に探しに行こうと思うの」と言った。おじいちゃんは、「オバケに会えるといいね」と言って、読書を始めた。 夏祭りの日、私はピンク色の浴衣に水色の帯をして、優依と一緒に楽しんだ。ヨーヨー釣りや射的、焼きとうもろこしを食べたりした後に、海辺に向かったけど、海のオバケはいなかった。今日のお祭りで人が多すぎたのか、時間が早すぎたのか、理由はわからないけど、帰ることにした。 家に帰ったあと、私はまずおじいちゃんに、「海のオバケはいなかったよ」と話した。おじいちゃんは体調が悪いらしく少し元気のない暗い顔をしていた。 その次の夜、私はおじいちゃんに誘われて、もう一度海辺に行った。やっぱりオバケはいなかった。おじいちゃんは私が代わりにからっていったバックからビニール袋とトングを取り出してゴミ拾いを始め、「実はオバケの正体はおじいちゃんなんだよ」と静かに言った。ビニール袋が白い体。いろいろな色のゴミがオバケをカラフルに見せていたのだと思う。今まで黙っていた理由は、「大事な仕事は人からは見えない方がいいと思ったから」だと言った。その時に気がついた。この街の海がきれいなのはおじいちゃんのおかげなのだと。星空の下で一人、ゴミ拾いをするおじいちゃんの姿からは、この地への愛を感じた。 そんなおじいちゃんは三年前に亡くなった。大人になった私はこの地に帰ってきた。そして今、私もおじいちゃんのようにゴミ拾いをしている。もしかしたら、私は第二の海のオバケなのかもしれない、とあの日と同じ星空の下で、輝く一つの星を見つめながらふと思った。 |
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彩雲賞
黒湯を守りたい 雪谷中学校2年 大野 譲士(おおた実行委員会) |
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僕は、大田区の黒湯を守りたいと思っています。
黒湯は驚くほど真っ黒な色をしています。
黒さの正体は「フミン」という成分です。
フミンは、植物が長い年月をかけて土の中で分解される時に生まれる天然の有機物で、保湿や抗酸化の働きがあると言われています。
また、肌を柔らかく保ち、血行を促す作用もあって、昔から健康や美容に良いお湯として親しまれてきました。
実際に入浴すると肌は潤い、体の芯まで温まります。見た目に反してか、見た目通りなのか?とにかく自然の恵みが詰まった心地良いお湯なのです。
その心地良さは、疲れた心や体を優しくいやしてくれる力を持っています。
僕は小学生の頃、アトピー性皮ふ炎を発症して皮ふ科に通っていました。
沢山のぬり薬を出され、炎症を抑えてもまた繰り返されることに悩んでいました。
そんな時、お母さんが知り合いから黒湯の話を聞いてきたのです。
「温泉で治るのかな?」と半信半疑でしたが、通い続けるうちに肌の調子が少しずつ良くなり、完治しました。
薬では得られなかった効果を、黒湯から実感することができたのです。また、サッカーで筋肉を使い過ぎた時にも疲労を回復するためや、友達と楽しい時間を過ごすために行きます。
僕にとって黒湯はただのお風呂ではなく、健康や自信、友達との絆を深める大切な場所となっています。
大田区は羽田空港や工場が点在し、下町の住宅や暮らしが息づく街です。
まるで都市の中に残された自然の宝物のようで、地下深くから湧き出る黒湯は人々に安らぎといやしを与えています。
しかし銭湯の数は年々減っており、大田区でも黒湯を楽しめる銭湯が少なくなっていると聞きました。もし黒湯がなくなってしまったら、僕のように助けられる人は減り、地域のつながりや歴史も失われ、街の魅力が消えてしまうことになります。
自然が壊されて森や土が減ってしまうと、フミンを生み出す力も弱まり、黒湯の源が少なくなってしまうそうです。
だからこそ、僕は守りたいのです。フミンを含んだ黒湯の素晴らしさを体験すれば、その価値の大きさをきっと実感できます。
僕たちにもできることはたくさんあります。
ゴミをポイ捨てしない、使った電気をこまめに消す、マイボトルを使うなどです。
小さな行動の積み重ねは自然を守ることに繋がり、僕たちの暮らしと心の豊かさを守ることにもなります。未来を生きる人達への大切な贈り物として、貴重な恵みを残していきたいと心から思っています。 |
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潮出版社賞
山の声がきこえる みやま市立瀬高中学校2年 冨安 煌紫(八女実行委員会) |
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僕は、ぼくの家の近くには
小さな山がある
学校から帰る道
草のにおいと 土のにおいがまざって
「ただいま」って言ってくれる気がする小さいころは あの山がこわかった
動物が出るって言われたし
「入ったら迷子になるぞ」って
じいちゃんにおどかされた
でも今は あの山が
なんだかさみしそうに見える 木が切られて 道ができて
前はなかったフェンスが
ずっとのびている
山に入る人はもういない
「熊が出るから」
でも それって 熊のせいなんだろうか 田んぼにも カエルが少なくなった
夜になると 大合唱だったのに
今じゃ「ゲロゲロ…」って
申し訳なさそうな声がちょっとだけ ぼくらは自然といっしょに生きているって
先生が言っていたけど
ほんとうは 自然を
しめだしている気がする
家の中には虫ひとついないように
電気も 水も スイッチでなんとかなる でも夏の終わり
山から聞こえる ひぐらしの声が
ぼくの胸を きゅっとしめつける
「ここに いるよ。」って
静かな声が 風にのってくる ばあちゃんが言っていた
「昔は 山も川も みんなの遊び場だった」
「命って もっと身近だった」って
今はもう草刈りする人も減って
空き家の屋根にツタがからまっている このままじゃ 山も 町も 人も
全部 声をなくしてしまう気がする
だからぼくは せめて
その声を忘れないようにしたい いつか ここを出ていく日がきても
山の声を忘れたくない
命のあたたかさを感じていたこの場所
ずっと 心に しまっておきたい |
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幻冬舎賞
八女茶のみなもと 愛媛大学教育学部附属小学校2年 若狹 草(八女実行委員会) |
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茶ばたけにふる
雨 雨 雨
雨は土へしみこんで
土から川へ
川から海へ
雨はゆっくり
たびをする海へ来たよ
雨 雨 雨
お日さまの力で
空まで行こう
雲になって
また茶ばたけを
目ざそうか たびの間に
出会った土
出会った川
出会った海
そして空気
ぜんぶ八女茶の
みなもとなんだ ぐるぐるめぐる
雨 雨 雨
このしぜんを
まもりたい
広い広い
茶ばたけの中で
ぼくはねがうよ しんこきゅうして
雨 雨 雨
おいしいお茶は
雨から生まれる
これからも
きれいな雨が
ふりますように |
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Activeさんご賞
すてるはずだった野菜がふっ活!もう一度、育てようさい生野菜のちょう戦! 立山町立立山中央小学校4年 中川華(富山実行委員会) |
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| 私は、一年生のときから「ごみをもう一度生かすこと」について研究を続けています。一年生のときは、使い終わった紙を集めて、はがきやしおりを作ったり、工場で再生紙がどのようにできるかを調べたりしました。二年生では、ペットボトルやプラスチック、缶などがリサイクルされて、また新しいものに生まれ変わることを学びました。三年生では、料理で使った人じんや大根のへた、野菜の根の部分を捨てずに育てると、新しい葉っぱやくきがのびて、もう一度おいしく食べられることが分かりました。これまでの研究で、紙やペットボトル、野菜のへたや根など、捨てればごみになってしまうものでも、工夫すればもう一度再生できるということを知りました。これは、ごみを減らしたり、食べ物を大切にしたりすることにつながると思いました。 そして、今年は、野菜や果物の種に目をつけました。料理をしたあとに残った野菜の種や食べ終わった果物の種は、生ごみとして捨ててしまいます。でも、もしかしたらその種も育てることができるのではないかと考えました。すてるはずだった野菜や果物の種十二種類のうち、かぼちゃ、メロン、ミニトマト、すいか、キウイ、レモン、りんご、アボカドの八種類の種が発芽しました。りんごは、芽を出した後すぐにかれてしまいましたが、ほかのものは土に植えかえ、今も元気に育っています。一方で、もも、うめ、さくらんぼの種や、れいぞう庫に入れておいた種は発芽しませんでした。私は、ももやうめやさくらんぼの種は、外のかたいからがじゃまをして発芽できなかったのではないかと思いました。また、れいぞう庫に入れておいたものは寒すぎて育たなかったのではないかと考えました。 この研究で、ふだんごみとして捨てている種も生きていて、芽が出ることがあるということにおどろきました。種から芽が出て育つ様子を見ていると、植物の生きる力のすごさを感じます。「ごみ」だと思っていたものの中に、新しい命がかくれていたことに感動しました。
これからは、今回発芽しなかった種は、どうしたら芽が出るのかを調べたいです。そして、芽が出たものが大きくなったら実をつけるのかどうかも観察していきたいです。 今、地球は、地球温暖化、海洋汚染、森林破壊、人口増加による食りょう不足や資源の不足など、たくさんの問題を抱えています。私は、今、私にできることとして、さらに研究を続けることで「ごみを生かす工夫」をもっと見つけたいと思います。そして、たくさんの人たちに、伝えたいです。小さなことでも続ければ、地球を守る力になると信じています。 |
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Activeさんご賞
美しい自然を取り戻した真備について 倉敷市立琴浦中学校3年 尾﨑 史都(高梁川実行委員会) |
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7月の終わり、従兄弟の引退試合を応援しに真備の球場へ行った。僕が真備を訪れるのは今回で3回目だ。母の親戚が数年前の西日本豪雨で被災した際、お手伝いをしに行ったことがある。橋を渡ると、そこは別世界だった。ゴミが散乱し、大型の家具が道の脇に山積みされ、茶色く濁った道路、全ての家の窓が開け放った状態、街全体が悲しく落ち込んでいる、見るのも辛いそんな状態だった。いつもは静かで穏やかな小田川が家の2階まで水没するなんて誰が想像しただろう。そこから真備の人たちは生活を立て直して来た。被災から2年後、親戚から新米が届いた時は、真備の人たちの並々ならぬ努力を感じずにはいられなかった。
真備は小田川と高梁川に囲まれている自然豊かな地域だ。緑が青々としていて、球場にいても森からの風が吹き抜け、心地がよかった。この美しい自然を取り戻すために、真備の人たちはどのような取り組みをしてきたのか自分なりに調べてみた。
真備は平成30年の豪雨災害の被災からハード面で堤防整備、洪水時の水位を下げるための河川掘削作業を5年がかりで行ってきた。
また環境面の変化だけでなく、真備では被災した経験を活かした災害に強い街づくりを,地域全体を通して行っている。堤防整備や小田川合流地点の付け替え行事が一旦終了した今、真備周辺の溜池や川には多種多様な動植物の生物・生息環境が広がっているため、これらの環境に配慮した事業を今後進めていくそうだ。
実際にそうした事業の効果を他地域に住む僕が見ていて一番に感じたのは「農業の復興」だ。被災直後は、骨組みだけ残していた寂しい果樹畑は、今、真新しいハウスが建ち、田んぼには青々とした緑色の稲が育っている。
「もう田んぼは出来んじゃろう」と僕の親戚も被災時は肩を落としていたが、親戚から「カエル」や「アメンボ」といった田んぼに生息する生き物の話を聞く度、農業を更生させたことで生き物が帰ってきていると実感した。荒廃した土壌を再生し、環境を整えたことで生態系がまた戻ってきている、真備の方の並々ならぬ努力と地域の支えでこれだけ短期間で復興出来たのがすごいと思った。
真備は昔から洪水と共生をしてきた。自然災害は誰にでも突然に襲ってくる。しかし荒れた土地も人の努力で復興することが出来る。辛い経験は防災という力で次の災害に備えることが出来るということを知った。
真備の被災復興を見て、僕は真備の方達の高い防災意識や思いやりの心、地域全体の努力で生活と美しい自然を取り戻すことが出来たのだと思う。そして美しい自然・街を維持するために必要なのは普段から人間や生き物が住みやすい環境を意識する事とそのための努力を惜しまない事だと信じている。 |
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選考委員会特別賞
ドイツで学んだ生き物への思いやり 八女市立矢部清流学園5年 國武 梅千代(八女実行委員会) |
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わたしはドイツから三年前に、福岡県の八女市矢部村に引っこしてきました。ドイツでは町の中でくらしていたので、日本の田舎で出会う生き物たちの、いいなと思ったことを少し、しょうかいします。
春になると竹やぶから聞こえてくる「ウグイス」の鳴き声がかわいいです。田んぼではオタマジャクシが元気に泳ぎ、田植えのころの楽しみです。梅雨の夜は、ゲンジホタルとカエルがいっしょに光と音のショーを見せてくれます。夏には、カマキリやムカデ、クモなどの虫たちが大きくなって、その成長にびっくりします。ドイツにはいなかったセミのにぎやかな鳴き声も、わたしは大好きです。冬になると、杉の木の葉が赤くなります。さいしょは「木が病気なのかな?」と思ったけど、寒さに対おうするための変化だと知って、おどろきました。矢部村には、「ブッポウソウ」という赤いくちばしに青みどりのキレイな羽をもつ、めずらしい渡り鳥もやってきます。外国から長い旅をして、この村で子育てをするなんてすごいなと思いました。きっと自然がゆたかで、エサがたくさんある場所だからだと思います。
こんなふうに、矢部村では四季の中でたくさんの生き物と出会うことができ、毎日が大発見です。でも、少し残念で心配なこともあります。それは、「ジョソウザイ」や「サッチュウザイ」をたくさん使っていることです。わたしの家では、草ぬきは家族みんなで手やカマを使ってがんばっています。ドイツでは、日本のような強い薬は売っていません。雨で川や海に流れてしまい、生き物のくらしをこわしてしまうからです。また、日本では虫にスプレーをかけてころしてしまうことが多すぎると思います。人間にとっては、じゃまに見える草や虫も、チョウやトンボ、カエルたちにとっては、生きのびるための食べ物であり、安心してすごせる場所にもなっています。薬でいなくなってしまったら、「いのち」のつながりが切れてしまいます。わたしはこれからも、日本のかわいい「いのち」たちといっしょにくらしていきたいです。草も虫も鳥も、みんなで同じ地球に生きている、大きな家族みたいなものだからです。人間だけが住みやすい場所ではなく、すべての生き物が安心してくらせる場所をつくることが、わたしたちの仕事だと思います。ブッポウソウが安心して子育てができて、草木がしげる中で虫たちの声がひびき、川ではホタルが光り、田んぼでカエルの声がひびく、そんな未来を、ずっと大切にしたいです。自然はわたしたちに毎日「いのち」のメッセージを送ってくれています。その声をちゃんと聞ける人でいたいし、やさしい気持ちでこの地球と生きていきたいです。 |
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選考委員会特別賞
土が教えてくれたこと
常葉中学校3年 西ケ谷 あかり(静岡実行委員会) |
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「水に流す」という表現を使うと、過去のトラブルや争い事が存在しなかったようになる。汚れなども、水で流すと目の前から見えなくなる。トイレも水洗トイレが当たり前で、キッチンで食器を洗うことも、お風呂に毎日入ることもできる。だけど私たちは排水口のその先までいつもは考えていない。汚れた水が下水道管に集められ、浄化センターに運ばれる。ゴミを取り除き、汚れを沈みやすくし、最終的に処理水として消毒され放水されるまでたくさんの時間とエネルギーが必要だ。
私たち家族は、どうしたら地球に優しい生活になるかを考えた。そして黒土の中に存在するバクテリアの働きを使って生ごみや廃油、汁物の残り汁を分解処理する方法と出会った。
花壇の一部に「キエーロ」を父が作ってくれた。黒土に生ゴミを入れてよく混ぜる。乾いた土を上にかぶせると、夏場なら数日でバクテリアが食べてくれる。虫や匂いも発生しないという。最初は、本当かな。うまくいくのかな。という思いもあったが、失敗してもいいからまずはやってみよう。私たちは生ゴミを自宅の花壇で処理するようになった。
初めて投入した日から、私たちの生活は少しずつ変わっていった。生ゴミの量を家族で意識する。最初はうっかり廃汁を流してしまうこともあったが、流さずに一カ所に貯める方法は自然と身についていった。食器の洗い方を変えて、少量の水で予洗いをする。その水も一緒に土に返すようになった。バクテリアは太陽の日差しや風を受けて活発になると言うから、陽の光も木を揺らす風も今までよりありがたく感じる。
自分たちでも驚くほどゴミ回収の日に出す量が減った。ゴミ箱の嫌な臭いもしない。キッチンの排水口もきれいだ。私たちの食べ物も土が一緒に食べているみたいで面白い。
環境のために何かをしようと思ってたどり着いたのは、土と暮らす。という極めて原始的なやり方であった。しかし土のパワーはゴミの量や臭いの減少だけではなかった。シャベルを持って土に触れていると、幼稚園の時に作った泥団子を思い出して、外に出ることが楽しみになった。
父は帰宅した時に、
「今日は学校どうだった。」
と聞いてくる。 大抵、「フツー。」とか「特に何も。」と答えるのが定番だった。今はちょっと違う。
「今日は『土』どんなだった。」
「ふかふかしてて温かかったよ、先週の野菜はもうなくなってた。」
「今日はまだ入れ忘れちゃってるから入れてきて。」
「今度は野菜を育てようか。」
今までよりも少し会話が盛り上がっている。
私たち人間は自然の循環の一部であること、そして自然の恵みを享受していることを土に触れていると実感する。今までもそしてこれからも、私たちが自然と共に暮らしていけるように、できることを探して実践していきたい。 |
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選考委員会特別賞
くなりゆく、四季について 北茂安中学校3年 内山 凜(地球さんご賞みやき町委員会) |
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内面的な美しさや優雅さ、純潔。そして新
しい始まり。これは多くの人から愛され親し
まれ、今や日本の象徴とまで言える花。
「桜」の花言葉だ。きっと誰もが一度は目に
したことがあるであろうその淡いピンク色の
花弁は、毎年一定の時期に咲き何年も、何年も受け継がれてきた。しかし、その当たり前は、決して永遠ではないのかもしれない。
近年、地球温暖化の影響で桜の開花時期は少しずつ早まり、時には私たちの心の準備を追い越してしまう。ほんの数日の差であっても、それは自然の微妙なリズムが乱れている証拠だ。春を知らせるはずの花。それが冬の余韻を残したままほころぶとき、私たちは小さな違和感を抱く。
桜だけではない。雪が降らない冬。猛暑が続く夏。台風の勢いが年々強まっていくこと。
私たちの暮らしを取り巻く季節の風景は、確実に変化している。子どものころに感じた春の香りや秋の涼しさが、少しずつ記憶の中にしか存在しなくなるとしたら。自然と共に紡がれてきた文化も行事も、静かに姿を変えてしまうだろう。
それでも桜は、私たちに問いかけているように思う。
「あなたたちは、未来に何を残しますか。」
と。一本の木が何十年、何百年と値を張り続けるように、今を生きる私たちの洗濯もまた、
未来の景色を形づくる。便利さのために使いすぎてしまうエネルギー、捨ててしまう資源の数々。そのひとつひとつを見直すことが、花を守り、巡る季節を守ることにつながるのではないだろうか。
桜の下で交わされる笑顔や会話は、時代を超えて人を結びつけてきた。その光景をこれからも受け継いでいくために、私たちは小さくとも確かな一歩を重ねていきたい。例えば電気をこまめに消すこと、歩いて出かけること、リサイクルを習慣にすること。そんな些細な行動の積み重ねが、やがて大きな変化を生むと信じたい。
春の風に舞う花びらは、儚さと同時に再生の力を秘めている。散った後も土に還り、新しい芽を育む養分となる。地球もまた、再びゆたかに息づく力を持っているはずだ。だからこそ私たちは、その力を奪うのではなく、支える存在でありたい。
桜が咲くたびに思う。これはただの花ではない。人と自然の約束であり、未来への希望の証なのだと思う。もしも百年後、千年後の人々も同じ空の下で花を見上げることができるなら、これほど幸せなことはない。地球温暖化に向き合うということは、その幸せを次の世代に手渡すことなのです。 |
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奨励賞
伝統と環境を両立させる花火 三隈中学校3年 小野 正貴(日田実行委員会) |
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夏の夜空を彩る花火は、日本の伝統文化であり、多くの人々に感動を与えてきました。しかし一方で、花火は環境問題とも深く関わっていることを忘れてはなりません。
私たちが楽しむ数十分の輝きの裏には、大気汚染やごみ問題が潜んでいるのです。
まず、大きな問題は大気への影響です。花火の打ち上げには黒色火薬が使われ、その燃焼によって二酸化炭素や窒素酸化物が発生します。また、色を出すために用いられる金属
化合物が燃えると、微小粒子物資が大気中に放出されます。
これらは温暖化や大気汚染を悪化させるだけではなく、ぜん息などの呼吸器疾患を持つ人々にとって健康被害の原因となります。
次に水質汚染の問題があります。打ち上げ花火の破片や燃え残りは、河川や海に落ちることが多いです。火薬の破片や燃え残りは、河川や海に落ちることが多いです。火薬の残留物や金属が水中に溶け込めば、生態系に悪影響を与える可能性があります。また、花火大会終了後の河川敷や海辺には大量のごみが残されることもあり、清掃活動が行われていても完全には回収しきれません。これらはやがてプラスチックごみと同じように海へ流れ込み、環境を汚染していまいます。
さらに騒音も無視できない問題です。花火の大きな爆発音は野生動物やペットに強いストレスを与えることが分かっています。人間にとっては楽しい音でも、動物にとっては命の危険を感じるほどの恐怖となります。自然との共生を考えたとき、私たちは花火の影響を人間中心の視点だけでなく、多様な生き物の視点からも見直す必要があるでしょう。
こうした課題に対して、近年は新しい取り組みが広がっています。その一つが「環境配りょ型花火」です。化学物質を減らした火薬や、煙の少ない素材を用いた花火が開発されており、従来より環境負荷を抑えることができます。さらに注目されているのが「ドローンショー」です。数百から数千機のドローンがLEDの火を放ち、夜空に絵や文字を描く演出は、火薬を使わないため大気や水質への影響がありません。また静かな演出であるため、動物への負担も小さいのです。
もちろん、花火の持つ伝統的価値や独特の迫力は、ドローンでは完全に代替できないでしょう。しかし、環境問題が深刻化する現状において、私たちは娯楽と自然環境の調和を考えねばなりません。花火大会の後に徹底した清掃を行うこと、環境に優しい素材を採用すること、ドローンやプロジェクションマッピングと組み合わせて演出することなど、工夫できることは多いのです。
私は、花火という伝統を積極的に取り入れていくべきと思います。そうすることで私たちは自然に負担をかけずに美しい夜空を楽しむことができるからです。 |
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奨励賞
海へ届く、一束の想い 輝翔館中等教育学校3年 芳賀 正宗(八女実行委員会) |
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「ヘアドネーションって、知ってる?」
ある日、母はそう僕に聞いてきた。ヘアドネーションとは、病気や事故などで髪の毛を失った人たちのために、自分の髪の毛を寄付してウィッグを作る活動だということを、母は教えてくれた。そして、母は僕に言った。
「ヘアドネーションをしようと思ってるの。だから、最初の一束、あなたに切ってもらいたいんだ。」
驚いた。人の髪なんて切ったことがない僕に? でも母は、にっこり笑って言った。
「あなたが赤ちゃんの時、初めて髪の毛を切ったのは私だから、今度は、あなたにお願いしたいの。」
少し戸惑ったけれど、僕は
「うん。」
とうなずいた。母が僕を信頼してくれているのが、嬉しかった。
そして僕は、母の髪の毛を切るために、一緒に美容室へ行った。美容室に着くと、母は
「ヘアドネーションお願いします。」
と、受付で伝え、案内された席に座った。美容師さんが母の髪をいくつかの束に分けてゴムでしっかり結び、僕にハサミを渡してくれた。
「じゃあ、一束目はお願いしますね。」
と美容師さんに誘導され、僕は母の後ろに立ち、髪の束にハサミを近づけた。手が少し震えた。初めて人の髪を切る緊張感、しかもそれが母の大切な髪で、ヘアドネーションという意味のある目的のため。
「失敗しても大丈夫だから。」
と母の優しい声に、僕は深呼吸をして、思い切ってハサミを入れた。
『ジョキッ。』
その音がはっきりと響いた。切った髪の束が手の中に落ちてきて、ただの髪の毛とは思えない重さを感じた。それは母の想いがこもった大切な贈り物のようだった。僕自身は髪を寄付したわけじゃないけれど、ヘアドネーションという活動に、少しだけ関われた事が嬉しかった。その日、母はすっきりした顔をしていて、何だか誇らしそうだった。僕まで、ちょっと誇らしい気持ちになった。
その後、ヘアドネーションについて調べていた時、ある記事が目にとまった。なんと、髪の毛を使って海の油を吸い取るマットを作る活動があるというのだ。髪の毛が、汚れた海をきれいにするなんて知らなかった。人のためだけでなく、自然を守ることにも使われる髪の毛。僕はそれを知って思った。母の髪の毛は、誰かの笑顔になる。じゃあ、いつか僕の髪の毛は、海をきれいにするために使ってもらえたらいいな。海が汚れていくニュースを見るたびに、心が痛む。きれいな海が、ゴミや油で濁っていくのを見ると、悲しい気持ちになる。でも、自分の髪の毛が少しでも海を守るために使われるのなら、それはすごいことだと思う。
『髪の毛には、想いがこもる。』
僕が未来に髪を伸ばしてドネーションをするときは、「海を守りたい」という願いを込めたい。これから、僕は少しずつ髪を伸ばしていこうと思う。誰かの笑顔のために。そして美しい海の青を守るために。 |
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奨励賞
地球からのすてきなプレゼント 大川市立川口小学校4年 横山 葵(八女実行委員会) |
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今年の夏、わたしの家の庭にお父さんが井戸をほってくれました。お父さんが地面に鉄のパイプを打ちこんでいくのをみんなで手伝いました。「本当に水が出るのかな?」と、少しドキドキしました。井戸が完成して、手おしポンプから水が出たとき、わたしと弟は、
「わあ!」
と、大きな声を出してよろこびました。
お父さんがほってくれた井戸の水は、夏なのにとてもつめたくて気持ちいいです。わたしたちは庭に大きいプールを出して、毎日そこで遊びました。プールの水は、太陽の光でだんだん温かくなるけど、井戸の水をたすと、またひんやりとつめたくなります。弟と水をかけあって遊んでいると、そのつめたさがとても気持ちよくて、いつまでも遊んでいられました。わたしは、どうしてこの水がつめたいか、ふしぎに思いました。お父さんに聞くと、
「井戸の水は地面の深いところにあるから、太陽の熱がとどかへんからやで。」
と、教えてくれました。
それからわたしは、井戸の水がどこから来ているのか考えるようになりました。もしかしたら、遠い山の森にふった雨が、長い時間をかけて地下を通って、わたしの家の庭まで来たのかもしれません。そう考えると、この井戸の水は地球からのとても大きなプレゼントのように思えました。
毎日、わたしたちは水道の水を当たり前のように使っています。でも、この井戸の水と出会って、気がつきました。わたしたちが使っているきれいな水は森の木々がなければ、生まれません。わたしたちがすっている気持ちのいい空気も、森の木々が作ってくれています。
地球のしぜんは、わたしたちに水や空気だけでなく、たくさんのものをくれます。お米や野菜も、お日様と雨と、地球の土のおかげで育ちます。海に行くと、たくさんの魚が泳いでいます。海の水も、森や川から流れてきた、きれいな水でできます。地球のしぜんは、すべてがつながりあって、わたしたちやたくさんの生き物の命を守ってくれているのです。
わたしは、この夏、井戸の水と出会って、地球のしぜんの力がすごいことを知りました。わたしにとって、この井戸の水はただの水ではありません。地球が、わたしたち家族にくれた大切なたから物です。これからも、この井戸の水を大切に使い、この水をあたえてくれる地球に「ありがとう」の気持ちを伝えたいです。そして、水をむだづかいしないなど、わたしにできることを少しずつつづけていきたいです。そうすれば未来の地球も、今日の井戸水のようにきれいで気持ちいい水があふれていると思います。
お父さんがほってくれた井戸は、わたしにたくさんのことを教えてくれました。この井戸のように小さな庭からでも、地球のしぜんの大切さを伝えることができると思います。 |
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奨励賞
ぼくにできること 柳川市立矢留小学校4年 古賀 諒大(八女実行委員会) |
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ぼくは、サッカーを習っています。毎年、夏休みにサッカーの合宿で
長崎県の上五島へ行きます。上五島は海がきれいです。合宿では、海に入るので、海のそうじ(ゴミ拾い)をします。去年はふくろ二個がパンパンになりました。ぼくは、ゴミを拾うと心がすっきりしました。それから、ゴミが落ちているのを見かけたら、拾うようにしています。
ぼくが遊んでいる公園には、毎日、たくさんのゴミが落ちています。たばこやあきかん、おかしのゴミなどが、あちこちに落ちているため拾うのも大変でした。友達がポイ捨てをしても、何も言えず、そのゴミを拾って持って帰っていました。
ぼくは、ぼくの大好きな公園が、ゴミだらけになってほしくなかったので、市役所の人に手紙を書き、ゴミの写真と一緒に送りました。すると、数日後、ゴミが捨てられないようにするためのかんばんをせっちしたと、市役所の人から電話がありました。かんばんがせっちされたので、ごみがなくなるとうれしいなぁと思い、早速公園に行ってみました。しかし、かんばんの近くにゴミが何こか落ちていたのです。ぼくは、とても悲しくなりました。かんばんせっち前とくらべて、捨てられているゴミの量があまり変わらないことを、市役所の人にもう一度相談しました。すると今度は拾ったゴミの写真付きのかんばんをせっちしてくれました。すると、かんばんを見た友達がいっしょに、ゴミを拾ってくれたり、いっしょに持って帰ってくれたりしていました。おかげで毎日少しずつゴミがへってきています。
小学生のぼくができることは、ゴミ拾いという小さなことですが、それが少しずつ広がって町全体がきれいになればいいなと思います。これからは、ゴミを捨てている人を見かけたら、声をかける勇気をもとうと思います。一人一人の少しの心がけで、地球の自然を守っていけるように、これからも自分にできることを続けていこうと思います。 |
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奨励賞
だきしめて 広川町立広川中学校1年 萩尾 梨緒那(八女実行委員会) |
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私はだきしめられている
頭の、
屋根の、
ずっと上。
青さが続く、
この空に。私はだきしめられている
私と、
だれかを、
つないでいる。
命の起源
この海に。 私はだきしめられている
風と
けものと、
音楽会。
緑が輝く、
この森に。 私はだきしめられている
森から、
海までの、
物語。
優しくせせらぐ
この川に。 私はだきしめられている
いつも
一番側に
いてくれる。
そっとふれる、
この空気に。 私はだきしめてゆく
ずっと昔から続いてきた、
空を、
海を、
森を、
川を、
空気を。
「ありがとう」を伝えるために、
一緒に生きてゆくために、
未来にも続けてゆくために、
私がだきしめてゆく。 |
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奨励賞
森を感じる 八女市立福島小学校6年 中島 天翔(八女実行委員会) |
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地を歩く音
つきぬける風の音
鳴りひびく、虫の合唱
おしゃべりをする小鳥の声
音から感じる森の自然晴れた日の木漏れ日
木々の衣装替え
ここで暮らす生き物たち
青々とした緑景
視覚から感じる森の自然 芳醇な木の豊かなにおい
雨の日のしめった土と空気
新緑の爽やかさ
森ならではの馥郁としたにおい
香りから感じる森の自然 澄んだ湧水
大地が育む季節の味
生き生きとした植物たち
森でしか味わえない味
口から感じる森の自然 冷たく心地良い空気
心を包みこむような温かい大地
ごつごつとした木の皮
そこから生えるみずみずしい葉
ふれて感じる森の自然 森でしか感じられない自然
語り続けたいこの自然
大切な森の感覚
忘れないようにしよう
失くさないようにしよう 僕達にはなにが出来るのか
考え続けよう |
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奨励賞
ほ、ほ、ほーたる来い 八女市立筑南小学校4年 近見 優愛乃(八女実行委員会) |
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「今年は、ほたるまだ見てないな。」
北山のおばあちゃんの家の近くの川を見ながら考えていた。毎年五月の終わりごろの夜、おばあちゃんの家の近くの川でほたるが出始めたら、おばあちゃんの家よりもっと山の方の白木という所の川まで、家族でたくさんのほたるに会いに行く。おばあちゃんの家の近くでも何匹かのほたるに会うことはできるけど、もっとたくさんのほたるに会いたくて、毎年行く。でも、今年はおばあちゃんの家の近くの川にほたるが来ない。おばあちゃんの家のほたるが合図してくれてたのに・・・。
お母さんになんでまだおばあちゃんの家の川にほたるが来ないのか聞いてみた。そしたら、
「去年、雨で川の水があふれないように、この川を工事してコンクリートで固めたから、今年はこの川でほたるは見れないかもね。」
と、教えてくれた。この川は、昨年工事をして、きれいなコンクリート作りの整った川になったばかり。でも、どうして、川の水は去年のままなのに、川を工事したらほたるは来てくれないの?
私は調べた。川がコンクリートのようにツルツルした石では、生き物はかくれる場所や、卵を産む場所が無くて生きづらいことがわかった。しかも、ほたるは冬に幼虫で川の底で冬ごしをする。もしかしたら工事の時に川をほり起こしてコンクリートにしたから、幼虫は死んじゃったかもしれない・・・。ごめんね・・・。
おばあちゃんの家の近くの川のほたるの合図はなかったけど、白木の川までほたるに会いに行った。
暗い夜の川で、川の流れる音の演奏にあわせてほたるが光っていた。でも、ちょっとさみしそう。仲間がへったからかな。住む場所がへったからかな。ごめんね。ほたるが住みやすい川を勉強したよ。川を大切にするから、だからまた会いにきてもいい?おばあちゃんの川にもまた来てね。そしてまた私に合図してくれる?そう思いながら歌った。
「ほ・ほ・ほーたる来い。」 |
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奨励賞
砂塵 女学院中学校3年 川口 颯稀(八女実行委員会) |
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踊り狂う砂塵の嵐。
苔は、砂に。
大気は虚に。
いつかあなたと見たあの景色は
拭き荒ぶ風に呑まれて消えていく。
樹木の父たる恵みの斜陽も
もはや生命を焼き尽くす業火と成った。
なぜ、なぜ、なぜ。
人々の目はただ渇きを映し
その地に巣食う全てに思いを馳せることもせず
ただ机上の芝居を眺めて
愉悦し、見下し
生命を食い潰す
嗚呼、母よ、海よ、潤沢よ
我らの手で追い払ってしまった宝よ
懺悔の言葉をしらないか
人が踏みつけ固めた大地は
あなたたちをも阻んでしまった
広がる乾きと熱の地獄は
我々の所業の合わせ鏡か
生まれ出でた幸福を噛み締めず
この世の全てを噛み潰さんと欲す我らは
どこへ行く
どこへ向かう
差し伸べられる手はもう
人の手で
私達の手で
焼いてしまった
どうか
どうか
緑を焼く工場の獄炎が全てを喰らうその前に
踏みとどまれる今のうちに
もう一度あの景色を
あなたと見た、あの豊かな地球を
全力で謳歌する幸福の日々に
感化され唄歌う
そんな懐古が、懐古ではなくなる
そんな時が、いつか訪れますように。 |
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奨励賞
水路に移る四季、富山城に響く音 富山大学附属中学校1年 奥望帆子(富山実行委員会) |
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はるか昔の江戸時代にタイムスリップしてみよう。富山城の足元に広がる城下町は、豊かな水に恵まれていた。神通川から引かれた水路は、町の隅々まで張り巡らされ、人々の暮らしを潤していた。城下の人々は、生活用水として、また防災用水として、この水を大切に利用した。
パシャパシャ、パシャッ。朝になると、水路には洗濯をする女性たちの姿が見られ、賑やかな話し声が響いた。
キャッキャッ、キャッ。子供たちは、水路の小魚を追いかけ、無邪気な笑い声を上げていた。
サラサラ、サララ。四季折々、水路には桜の花びらが舞い、夏の暑い日には涼しげな風を運んだ。
シンシン。冬には静かに雪を溶かした。水は、城下町の人々の生活に寄り添い、その営みを支えていたのだ。
富山藩主の前田家は、水の恩恵を最大限に活かすため、水路の整備に力を入れた。特に、加賀藩から分家した前田利次が築いた城下町は、水路を縦横に走らせ、富山城の城下町は水の都としての性格を強く持っていた。水路は、物流の動脈としても機能し、米や物流を運び、富山藩の経済の発展にこうけんした。
また、水の清らかさは、経済だけでなく、富山の城下町の食にも影響を与えた。豊かな水は、清らかな酒を生み出し、おいしい米を育てた。人々は水に感謝し、水と共に生きていた。川や海に生きる魚も新鮮できときとな状態で食卓に届けられ、寿司と言えば富山の原点となった。
しかし、時には水が牙をむくこともあった。
神通川の氾らんは、城下町に甚大な被害をもたらすこともあったのだ、人々は、水の恵みときょういの両方を知り、水と向き合いながら生活を築いていった。藩もまた、治水事業に力を入れ、堤防を築き、水害から町を守る努力を続けた。
明治維新を迎え、富山城は役目を終え、城下町も姿を変えていった。しかし、今も富山市内を流れる多くの水路は、かつての城下町の面影を残している。水路に映る現代の街並みは、はるか昔からこの地で水と共に生きてきた人々の歴史を静かに物語っているようだ。
富山城と水は、切っても切れない関係で、この地の歴史、文化、そして人々の暮らしを形作ってきたのだ。私たちは、水の恩恵を受けていることに感謝しながら、これからもこの富山と富山の水を大切にして生きていくのだ。 |
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奨励賞
水路に移る四季、富山城に響く音 富山大学附属中学校1年 奥望帆子(富山実行委員会) |
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はるか昔の江戸時代にタイムスリップしてみよう。富山城の足元に広がる城下町は、豊かな水に恵まれていた。神通川から引かれた水路は、町の隅々まで張り巡らされ、人々の暮らしを潤していた。城下の人々は、生活用水として、また防災用水として、この水を大切に利用した。
パシャパシャ、パシャッ。朝になると、水路には洗濯をする女性たちの姿が見られ、賑やかな話し声が響いた。
キャッキャッ、キャッ。子供たちは、水路の小魚を追いかけ、無邪気な笑い声を上げていた。
サラサラ、サララ。四季折々、水路には桜の花びらが舞い、夏の暑い日には涼しげな風を運んだ。
シンシン。冬には静かに雪を溶かした。水は、城下町の人々の生活に寄り添い、その営みを支えていたのだ。
富山藩主の前田家は、水の恩恵を最大限に活かすため、水路の整備に力を入れた。特に、加賀藩から分家した前田利次が築いた城下町は、水路を縦横に走らせ、富山城の城下町は水の都としての性格を強く持っていた。水路は、物流の動脈としても機能し、米や物流を運び、富山藩の経済の発展にこうけんした。
また、水の清らかさは、経済だけでなく、富山の城下町の食にも影響を与えた。豊かな水は、清らかな酒を生み出し、おいしい米を育てた。人々は水に感謝し、水と共に生きていた。川や海に生きる魚も新鮮できときとな状態で食卓に届けられ、寿司と言えば富山の原点となった。
しかし、時には水が牙をむくこともあった。
神通川の氾らんは、城下町に甚大な被害をもたらすこともあったのだ、人々は、水の恵みときょういの両方を知り、水と向き合いながら生活を築いていった。藩もまた、治水事業に力を入れ、堤防を築き、水害から町を守る努力を続けた。
明治維新を迎え、富山城は役目を終え、城下町も姿を変えていった。しかし、今も富山市内を流れる多くの水路は、かつての城下町の面影を残している。水路に映る現代の街並みは、はるか昔からこの地で水と共に生きてきた人々の歴史を静かに物語っているようだ。
富山城と水は、切っても切れない関係で、この地の歴史、文化、そして人々の暮らしを形作ってきたのだ。私たちは、水の恩恵を受けていることに感謝しながら、これからもこの富山と富山の水を大切にして生きていくのだ。 |
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奨励賞
微生物は世界を救う(かもしれない) 大森第六中学校2年 関口 晴仁(おおた実行委員会) |
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僕は今六中で自然科学部の活動をしている。具体的には洗足池の微生物を顕微鏡を使って延々と探している。ちなみに洗足池の微生物多様性は現在はミジンコ類が生態系の頂点になっていて、夏あたりで周期的に藍藻類が頂点に立つ。ゾウリムシやツリガネムシなどといったミジンコ以外の微生物も少ないがいる。微生物多様性はそこそこに富むと言えよう。
少々話が逸れたが、その中で僕の心が躍る微生物がいくつかいる。それらのうちの二つを紹介したいと思う。まずはアオミドロだ。藍藻類の一種で、極地から熱帯までの淡水に生息している。日本では気温が二十度前後になると田んぼに大量発生し、俗にいうアオコも作るので、決して好かれてはいない。都内でも蛍放流池に大量発生し、水質を悪くする(と考えられている)ので忌み嫌われている。だが僕はこのアオミドロは実はCO2削減に大いに役立つのではないかと考えている。なぜならまずアオミドロは植物性プランクトンなので、もちろん葉緑素を持っている。そしてなによりその増殖スピードがすごい。僕が中一の頃蛍放流池でアオコが発生したことがあった。発見の四日前にあった部活ではアオコのアの字も見えなかったのにたった四日で池を埋め尽くしそうな量のアオコが発生していたのだ。そんなことを知ったらアオミドロでいろいろとやってみたくなる。アオコをすりつぶしても葉緑素は働くのか、アオミドロはどのくらいのスピードでどのくらい増殖できるのか、その他いろいろ。そして何より思ったのはアオコを増殖させて大量のアオコで光合成のできる家は作れないかと考えたのである。ただしこれはアオミドロのあまりの枯れやすさに打ち砕かれた。アオミドロを飼育するにはどうやら大きめのプールが必要なようだった。ただ、そんな野望が実現できなくてもアオコ、もといアオミドロの増殖力ならば、CO2削減、宇宙開発エトセトラができるのではなかろうかと画策するのである。
もう一つはツノケイソウだ。これは珪藻類の一種でアオコは作らない。なぜこれに目をつけたかと言うと、今の自然科学部1年のとある人が拾ってきたスポンジのような沢山の毛が絡まった物体だった。それを顕微鏡で覗いてみるとなんと一本一本の毛がツノケイソウでできていた。それを見てアオミドロの時に書いたように光合成のできる家が作れそうだと思ったわけである。そして毛のようなと聞いたら勿論光合成のできる服なんてのが考えつく。これはとても長いツノケイソウが必要だが、強度の問題はどうやら大丈夫なので家と比較すればだいぶ現実味がある。問題点は増殖力がそこまで強くないことだろうか。
一ミリにも満たない生物が地球を変えるかもと考えるととてもロマンがある。アオミドロやツノケイソウのような植物性プランクトンだけではなく動物性プランクトンの中にもヒドラやツリガネムシなど興味深い微生物が沢山いる。ぜひもっと詳しく調べていきたい |
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奨励賞
道端のビニール袋 石川台中学校3年 中山 楓花(おおた実行委員会) |
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見上げると、白い物体が空を舞っていた。
それは、太陽の光を反射して、きらきらと光っていた。一瞬、綺麗だとさえ思った。
しかし、よく見てみると、それは、誰かが捨てたビニール袋だと気づいた。
小学生のとき、授業で死んだクジラの体内から大量のビニール袋が見つかったという映像を見た。そのときは「可哀想だな。」と思うだけだった。ビニール袋をポイ捨てしたことはないし、私にはまるで関係がない。どこかの誰かの責任であって、私が何かしなければならないことではない。そう思って、ずっと忘れていた。
ある日、近くで行われているお祭りに行った。屋台の一つの焼きそば屋では、商品がビニール袋に入れられて提供される。そのため道端には、ビニール袋やパックを捨てるゴミ箱が設置されていた。食べ終わった私は、ゴミ箱にそれらを捨てた。
そのとき、空を舞っている白い物体を見た。誰かがすてたビニール袋だった。「何でポイ捨てなんかするんだろう。」と嫌な気分になった。きちんと専用のゴミ箱があるのに、どうして道端に捨ててしまうのだろう。けれども、私はそれを取りに行かなかった。「私が捨てたわけじゃないんだから、私が拾う必要はない」と思っていた。ただなんとなく気になる気持ちもあった。
宿題で地球環境に関する作文を書くことになって、ふとこのことを思い出した。あれは私が取る必要はないよね、と改めて思ったとき、昔見たクジラの映像が頭をよぎった。小学生の私は「自分はポイ捨てしていないから関係ない」と思っていた。しかし、ポイ捨てをすることと、捨てられたビニール袋を無視することは、結果的に海の生き物にしていることは同じなのではないだろうか。
そう気づいた瞬間、自分の行動が恐ろしく思えてきた。あのとき私が見逃したビニール袋が、いつか海に出て、漂っているところを生き物に食べられてしまうかもしれない。もしかしたら、そのせいでその生き物は死んでしまうかもしれない。考えると怖くなった。
死んだクジラからは、およそ八十枚ものビニール袋が見つかったという。もしそのうちの一枚が、昔の私が見逃したビニール袋だったら。最終的にその一枚が、クジラにとどめを刺してしまったのだとしたら……。
私の何気ない行動が、知らないところで、生き物の命を奪っているのかもしれない。
ある日公園を歩いていたとき、空を舞っている白い物体を見つけた。私はそれをつかみ、自分のバッグにしまった。
生き物たちは、静かに、でも確実に苦しんでいる。その声を聞くことはできなくても、それに気づいて、少しでも助けたい。
バッグの中でくしゃくしゃと音を立てているのは、命を奪う可能性を秘めた凶器なのだ |
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奨励賞
来なくなった君たちへ 倉敷市立倉敷南小学校6年 平田 蒼葉(高梁川実行委員会) |
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最近、悩んでいることがあるんだ。ここに君たちが来なくなったのはなぜだろうって。だから、今ぼくは手紙を書いているんだ。
ぼくはとてもさびしいよ。君たちが来るのをずっと待っているんだ。でも、本当は分かっているんだ。君たちがここに来なくなった理由。最近、とても暑いから来れないんだよね。ぼくに触るとやけどをさせてしまう。ぼく自身も体中が熱いんだ。どうしてこうなってしまったのだろう。
きっと、君たちが生まれるもっと前からの、人間たちのせいなんだよ。少し難しい話だが聞いてほしい。こんなに暑くなってしまったのは、二酸化炭素などが含まれた「温室効果ガス」というのが増えたせいで、地球が太陽の熱をため込む力が強くなっているからなんだ。二酸化炭素は空気中にわずかに含まれている気体で、地上から出る熱を大気中にたもつはたらきがあり、地球を暖めていたんだ。ところが、この二百年の間に二酸化炭素が一気に一・五倍も増えたんだ。なぜだかわかるかい?人間が石油や石炭を燃やしてきたり、二酸化炭素を吸収して、酸素を出す森林が伐採されていったからなんだよ。売るためのたくさんの物を工場で作り、人や物を速いスピードで動かすために、自動車や飛行機がうまれた。そのおかげで便利になり、人間たちの暮らしは豊かになった。しかし、便利さと引き換えに、今こうして気温があがり、君たちがここに来れなくなっているんだよ。
君たちにお願いがある。この地球をこのままにしないでほしい。今君たちにできることをしてほしい。たとえば、必要のない電気は消す。シャワーやお風呂のお湯は使いすぎない。できるだけ徒歩や自転車を使う。給食を残さず食べる。物を大事に使い、ごみを減らす。どうだ?できそうか?みんなでやってみてくれ。君たちの未来がかかっているんだ。
ぼくは毎日公園で待っているから。そう。ぼくの名前はすべり台。君たちや君たちの子どもが、夏でもぼくと遊んでくれる日が来るのをずっとここで待っているよ。未来の地球は君たちに任せたぞ。
公園代表すべり台より |
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奨励賞
野菜くずが宝物に変わった日 鵬翔中学校2年 緒方 芽生(都城実行委員会) |
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みなさんはべジブロスという言葉を聞いたことがありますか。
べジブロスとは、野菜の皮やヘタ、根など普段は捨ててしまう部分で作る出汁汁のことで、ベジタブル(野菜)とブロス(出汁)を合わせた言葉です。
野菜の切れ端には、体のサビを防ぐ「ファイトケミカル」という成分があるそうです。このファイトケミカルは、植物が虫や強い日差しから自分を守るために持っている成分で、私たち人間にとってもファイトケミカルは免疫力を上げて、病気から体を守ってくれる働きがあるそうです。
野菜を余すところなく使うのでゴミの削減にもなり、体に良い成分も摂ることができると知ったので、この夏休みを利用してべジブロスを作ってみました。
用意した野菜は、人参のへたと皮、大根、玉ねぎ、じゃがいも、さつまいもの皮と、小松菜の根っこです。
母が、ご飯を作るときに出る野菜くずを捨てずに残してくれていました。これを、両手に一杯分ほどの量と、水を1000ミリリットル、酒小さじ一杯を大きめの鍋に入れて火にかけます。
三十分ほど煮込んだら、1000ミリリットルあった水が700ミリリットルのべジブロスになりました。野菜をこして汁と分けます。汁は、きつね色と黄金色の間のような色をしていました。そして、ふんわり優しい色んな野菜の匂いがしました。
べジブロスを作るときに皮をむいていた人参や玉ネギ、じゃがいもを切ってお肉を足して、カレーを作りました。カレーに使う水の代わりに、自分で作ったべジブロスを使ってみました。
いつも母が作ってくれるカレーもおいしいのですが、べジブロスを使って作った私のカレーも驚くほどおいしく出来上がり、家族も喜んでくれました。
べジブロスは本来なら捨ててしまう野菜くずを美味しい出汁にすることで、野菜の命を最後まで使うことができます。
この夏、野菜くずで作ったべジブロスを活用して料理をしたことで、普段は捨てるものでも大切な人たちを喜ばせることができるという経験は、私にとって宝物なりました。 |
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奨励賞
こたえさがし 鵬翔中学校3年 新森 美紅(都城実行委員会) |
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父に問われた
「私が君たちを生かしているんだ。
しかし、君たちは私への恩を忘れて仇で返
していないか」
僕たちは何も答えなかった。母がぽつんと言った。
「父さんの言いたいこともわかるけれど、あの子たちを生かしているのは私だと思うのよね」
僕たちは何も言わなかった。 兄弟たちは言う
「僕らは別に自分たちが生きやすいようにしているだけなのに。何が気に入らないんだろう」
僕は息ができなかった。 父が望んだ「こたえ」を
母が求めた「こたえ」を
僕は知っている
僕たちは知っていた 父の名は環境
母の名は大地
僕たちの名は人間 僕たちの両親への親孝行
それはさっきの「こたえ」 親孝行は両親が生きている内に
やらないと後悔する
後悔した後では遅い
あきらめてはならない 完璧な「こたえ」はいらない
曖昧な「こたえ」でかまわない
考え続けろ
探し続けろ
「こたえ」が出ないことを承知で 後ろにいるまだ幼い兄弟のために こたえさがしを |
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奨励賞
環境を守るということ 鵬翔中学校2年 新田 和也(都城実行委員会) |
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| 今回の作文を書くにあたって僕はある思い出を思い出した。小学四年生のころ、友達と参加してアカウミガメの孵化を見た、ある夏の思い出だ。 僕は友達の家族からあるボランティアに誘われた。宮崎の青島海岸はアカウミガメの孵化する場であり、そこをアカウミガメの孵化予定日にそうじして孵化を生で見ようという企画だった。僕は環境問題にもアカウミガメにも興味がなかったが、仕方がなく参加した。いざ来てみた青島海岸は想像以上にゴミが多かった。普段海で遊ぶときは気にならないようなゴミも、こうして見るとはっきりとうつった。ゴミをひたすら拾っていった。ふくろはすぐにパンパンになった。僕にはいつしかカメのためにという感情が生まれていた。一時間ぐらいかけて五十人ほどの規模で拾っただろうか。夕方になり、アカウミガメの卵を土からほり出すと卵にひびがはいり赤ちゃんがでてきた。本当に小さく、目も見えないのに海におそるおそるといった感じではいっていった。まずそこにプラスチックゴミなどが落ちていたら見れなかった景色だ。健気に海にはいっていく姿は可愛らしく、その姿をこの目で見れた時は幸せを感じた。同時に僕たちの拾ったゴミはほんの一部でしかないことも悟った。この赤ちゃんが無事海に入水できても海の中にもっとたくさんのゴミがあるのだ。僕は幸せとその無力感に包まれながら、最後の一匹まで孵化を見とどけた。 この経験をへて僕は気づいた。環境を守るということは、その先の幸せを守ることだということに。僕は海岸のゴミを拾った。しかし、それは結果的に僕の幸せを生んだ。森の破壊をとめれば森で遊ぶことができるようになり、子供たちが幸せになるだろう。海の中のゴミをなくせばよい魚がとれてみんなが幸せになるだろう。未来の環境を守るというのは未来の幸せをつくることなのだ。あなたも自分の幸せのためと思い、節水や節電、ゴミ拾いなどを積極的にしてみてはどうだろう?僕はきっと明日も明後日もゴミを拾うだろう。アカウミガメが一生涯をプラスチックゴミなどでダメにしないように。僕らの幸せを、ずっとずっと長く続かせるために。 |
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奨励賞
ぼくはおこっている 宮古島市立久松小学校4年 東 文孝(南の島実行委員会) |
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ぼくはおこっているすなはまに打ちよせるたくさんのゴミに
ぼくはおこっている
外国語の書かれている空きカンに
ぼくはおこっている
日本の水のペットボトルに
ぼくはおこっている
発っぽうスチロールのかけらに
ぼくはおこっている
からまったロープやブイに
ぼくはおこっている
かた方だけすてられたビーチサンダルに
ぼくはおこっている
すなにうもれたビニールぶくろに
ぼくはおこっている
すぐにゴミだらけになってしまうすなはまに
ぼくはおこっている
海をきれいにする力がない自分に
一人では海をきれいにできない
だからいっしょにおこってほしい
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奨励賞
きれいな道 加藤学園暁秀中学校2年 櫻田 優衣(静岡実行委員会) |
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私はほとんど毎日、暇です。そのため、よく散歩をします。その時に気づくことがあります。それは、ポイ捨てが多いことです。散歩をしているとき必ずゴミを見るのです。毎回ゴミを持って帰ろうか、持って帰らないか迷います。それは、持って帰って捨てたい気持ちもありますが、少し抵抗があります。色々な汚いものがくっついているのではないかと嫌なことを考えてしまいます。そのため、毎回持って帰るのをやめてしまいます。
家に帰り、母に質問をしてみました。「ゴミが道に落ちていたらお母さんは持って帰るか。」を聞きました。すると、「持って帰って捨てるに決まってるでしょ。道がゴミだらけになっていたらみんないやな気持ちになるし、生き物たちがゴミを食べてしまったら死んでしまうかもしれないからね。」と優しく言いました。 私は次の日も、また次の日もゴミを見ました。母はあのように言っていましたが私は、
なぜか母のようにゴミを拾う勇気が出ません。特に、友達や近所の人が見ている前でゴミを拾うのは恥ずかしくてゴミを拾うことができませんでした。
そんなある日、私はいつものように道を歩いていると前にいたおばあさんが道に落ちていたゴミを拾いました。私はその場に立ち止まってしまいました。私はなかなか勇気が出なくてゴミを拾えなかったのにおばあさんは迷うことなくゴミを拾っていました。私は心
のどこかにあったスイッチがはいったかのような気持ちになりました。
家に帰り、私はなぜ勇気が出せずゴミを拾えないのだろうかと考えました。一つ目は、
汚いものがたくさんついているかも知れないという点です。その点については、手袋をつけて拾えばよいことです。二つ目は、友達や近所の人など周りの人に見られるのが恥ずかしいという点です。この点では、誰かに相談してみようと思い、この日はそこで考えるのをやめました。
次の日になり、私は友達に二つ目の点について話しました。友達は、「ゴミを拾うことは悪いことではないし、むしろ良いことだと思うから恥ずかしがらなくていいと思うよ。」と言ってくれ、私は嬉しい気持ちになりました。
私は、友達の言葉のおかげで一歩踏み出すことができました。いつものように散歩をしているとゴミがまた、道に落ちていました。
私は、すっとゴミを拾い家に持ち帰り捨てることができました。ゴミを拾えば拾うだけ、いつも通る道がきれいになるということはとても嬉しいことだと気づきました。いつも、
きれいな道を保つためゴミ拾いをしようと思いました。
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